北の海に棲むクジラたち、イッカク・ホッキョククジラ・ベルーガに会いたくて、北極へ行ってきました。
カナダのバフィン島北の凍った海上でキャンプをしながら、水路を通るクジラたちを待ちます。とてもハードな環境ですが、それだけに貴重なクジラたちとの出逢いがありました。

2007年5月30日〜6月21日

それにしても、たたでさえ時間がかかる遠い場所ですが、ハプニングも多い旅でした。
成田からオタワに到着したのですけど、同行4名のうち3名分の預けた荷物が出てきません。係員に聞くと、「明日の昼までは届かない」とのこと。翌早朝の飛行機でオタワを発つはずが、いきなりここで足止めです。やむなく、翌日、早朝乗る予定だった飛行機を見送り、届くはずの荷物を空港内で待ちますが、昼になっても午後になっても現れません。係員への抗議を重ね、ようやく夕方になってどこかに滞っていた荷物を手に入れることができました。
その夜はまたオタワに泊まり、翌日、予定より一日遅れでオタワからイクルート乗り継ぎでポンドインレットへ飛びました。当初はここのホテルで一泊する予定だったのを、そのまま夜中にキャンプ地まで走ることになりました。
21時過ぎ、6台のソリに人間と荷物が分乗、大勢の住民に見送られて、いよいよ出発です。ソリは、イヌイットが運転するバイクで引き、氷の上、つまり夏には海になってるところを走ります。2人並んでソリに横たわり、ぬくぬくと毛布を掛けてますが、けっこうバウンドするので、おちおち眠ってもいられません。
白夜の中、30分おきに停まっては休憩したりトイレすませたり(物陰でね)バイクの故障を直したり。少しづつ変わる景色を楽しみます。途中では、アザラシも見られました。
走るソリの上で時にうつらうつらする一晩を過ごし、朝8時頃、キャンプに到着です。テントをあてがわれ、荷物を運び込み、朝食をすませ、片付け終わったら、疲れをとるために昼寝です。
16時に起きると、ソリでウォッチポイントへ下見に行きました。キャンプから20分くらい走って、氷縁部まで行きます。ちょうど春先で、氷が溶け始めて開氷面が広がってきてます。そこを通るクジラたちを待ちかまえてウォッチするわけです。
この日はロケハンのつもりで小一時間もいたでしょうか、そのあいだに、早速、ベルーガが姿を見せました。7頭が次々呼吸音を響かせては、開けた海の部分に現れ、フルークは上げずに潜っていきます。体表はやや黄色みがかって、イルカよりはずっと大きいです。
これは幸先が良いと喜んでキャンプに帰ると、前の週から滞在して入れ替わりに帰るところの外人さんたちが、「え!?ベルーガを見られたの!?ホントに?」と驚いてます。何でも、これまで3週間滞在したけど見られてなかったとのこと。こちらとしては、え!?そんなに見られないの?と驚いたのですが、果たして・・・!
その翌日からの10日間、昼前から夜までエッジでひたすらクジラを待ちますが、待てど暮らせど、なかなかブローがみつかりません・・・。
天候は、晴れたかと思ったら、風が吹いて雪やみぞれになります。北から吹いてた風も、南へ変わったり、また北へなったり。そのたびに、浮いてる氷がこちらにたまったりあちらへ流されたり、実に変わりやすいです。
昼になると、レトルトパックにお湯を入れて、パスタやシチュウの出来上がりです。その合間には、コーヒーやお菓子もつまめます。
トイレは、ちょっと離れたところまで歩いて、こんもりした氷の陰に入ります。初めは神経質に全身が隠れる大きな氷の山を探しましたが、次第に、ちょっと高くなっていれば平気になりました。誰も見てませんしね。
私たちは、エッジにカメラを構えて海を見つめてますが、そのすぐ後ろには、イヌイットたちが銃を構えて見張りをしてます。ホッキョクグマの襲撃に備えてるのです。
実際、ホッキョクグマが姿を現したことも二・三回ありました。数百メートル離れたところで、白いクマがじっとこちらを観察してます。イヌイットが横にいてくれるとはいえ、こちらもちょっと緊張します。でも、クマにしてもご同様でしょう、警戒してこちらを見ながら、やがてゆっくり歩き去っていきました。
一日ずーっと待っても、何も見られない日もありました。次々頭上を通過する鳥たちを眺めては、「バーダーならさぞ喜ぶでしょうけどね・・・」なんて話してます。
そんなふうにすっかり油断してたら、突然、イヌイットたちが騒ぎ出しました。何ごとかと振り返ると、しきりに沖を指さしてます。どうやら「ホエール!」と言ってるみたい。ん?ホエール??・・・クジラ!!??
慌てて沖を見ると、黒い小山が二つ!ホッキョククジラです!
二つに見えた小山は、上あごとその後ろの噴気孔の部分でした。こんなにそれぞれがしっかり山をつくっているとは。似ていると思ってたセミクジラとは全く違いました。
へーえ!!と感心してるうちに潜ってしまい、残念ながらそれきり再確認することはできませんでした。
毎日ではありませんが、ベルーガも時たま現れてくれました。
白とはいえ、比較すると回りの氷よりはやや黄色っぽくて、大きな背ビレがないぶん、より筋肉質に見える胴を眺めてるうちに、霧が立ちこめてしまいました。何も見えない中に、彼らのブロー音だけが低く響きます。眼に見えないぶん、全身を耳にしてベルーガの様子を想像するのも、なかなか面白い体験でした。
また、水中マイクを入れると、「海のカナリア」と言われる彼らの高い声が賑やかに聞こえます。反響してるこの音はまた別の生きものかしらなど、あれこれ思いながら耳を傾けます。
セイウチやアザラシも見られました。セイウチは、水面で牙を振り回しながら泳いでいきましたし、アザラシはくるりんとからだを丸くして、頭から潜っていきました。
日によっては、嵐になり、キャンプから出られないこともありました。そんなときは、大きなテントに集まって、ビデオを見たりクイズゲームをしたり。
なかなか現れてくれないイッカクについては、「昨日はどこそこの入り江で見られたらしい」という情報を得てはそろそろこちらで見られるのではないかと期待するのだけど、全く現れません。
このまま会えずじまいで終わるのかしらと、半ば覚悟を決めた頃になって、ようやくイッカクの姿が!!
向こうからやって来るクジラの体が、ベルーガの白ではなく、灰色の斑模様ではないですか!そして潜るときに見せる尾が、イチョウ型!まさしく、待ちに待ったイッカクです!!
あっちから近づいてくるぞと、皆でわくわくして待ちかまえていると、突然、反対側からエッジのすぐそこに別のイッカクが!! 頭を突き出してタスクを水面上に立て、ザザザザッと波音を立てて激しく泳ぎ進んでいきます。クジラほどおっとりしてなくて、イルカほど軽やかではない、力強い動きです。
わわわ、こんな近くに!と慌てるうちに、イッカクは目の前を通り過ぎていきました。
このあとも数頭のイッカクを海上にウォッチできましたが、間近でしっかりタスクを見せてくれたのは、このときだけでした。それにしても、よくもまあ、私たちのすぐ目の前で見事なタスクを上げてくれたと、皆、感謝感謝です。
貴重な体験の日々を過ごし、11日目にはキャンプを撤収して、またソリで町に戻ります。
午後から走り出して、夜中に到着、大勢のイヌイットが出迎えてくれました。私たちをというよりも、同行してた家族を迎えにきたのでしょう。真夜中だというのに、小さい子も大勢います。どうやら、夏の日が長い間は、大人も子供も夜中まで外で過ごすらしく、その代わり、暗い冬の間はずっと建物の中にいるようです。
イヌイットたちは私たちそっくりのモンゴロイドなのだけど、迎えた奥様と熱烈にキスを交わしてるさまは、やっぱりアジア人じゃなくて、カナダ人でした。
ポンドインレットの町で一泊して、翌日、飛行機でイクルートまで行き、ここでも一泊です。やはりイヌイットの町なので、レストランへ行ってもお酒は一人3杯までと制限があります。それでも、キャンプでは禁酒だったので、私たちにとっても久しぶりのビールでした。
そのまた翌日に、オタワまで戻りました。実はこのあと、日本へ戻るまでまだまだハプニングの連続で、結局予定通りには帰れなかったのですが、それはとにかくとして。

ウォッチするにもハードな環境でしたが、あそこでなくては見られないホッキョククジラとイッカクに会えたのは、やはりラッキーでした。しかも、イッカクは、ちゃんとタスクを見せてくれたのですもの。ベルーガも、嬉しい出会いでしたし、セイウチもホッキョクグマもアザラシも。
温暖化の影響をつくづく感じさせられた旅でもあり、この先の彼らの生息環境を思うと明るい展望だけではありません。とはいえ、ぜひまた再訪したい、極北の海でした。