西オーストラリアのモンキーマイアは、イルカがやってくる海岸としてあまりにも有名です。1960年代、漁師が餌を与えたことによって始まったヒトとイルカの交流は今なお続いていて、大勢の観光客がイルカに会いにやってきます。野生の生きものへの餌付けには一部からの批判もあるようですが、まずは見てみないことには安易に批判はできないというわけで、行ってきました。
モンキーマイアはパースの北850キロほどにあり、パースから日帰りツアーや夜行バスで走る1泊ツアーなどがあります。私たちは、前日のうちに飛行機で移動し、モンキーマイアリゾート(イルカが来る海岸は、このホテルの中です)に1泊することにしました。
11月7日の昼リゾートに到着してから、午後のヨットクルーズに参加しました。大きなカタマランタイプのヨットに30人くらいが乗り、浅く穏やかなシャークベイでミナミハンドウイルカとジュゴンをウォッチします。初めて見るジュゴンは、マナティと似てはいるけど、全くかたちが異なる尾ビレに「サカナみたい」という感想を持ってしまった私です。
そして、いよいよ、今日は浜でイルカの訪れを待ちます。

2002年11月8日

6時に起床、部屋でコーヒーとフルーツの簡単な食事を済ませて浜に出てみると、きれいな青空が広がってます。すでに、浜には、イルカを待つ人々の姿がぽつぽつと見えます。海を見渡せるレストランで朝食中の人々もいますが、食べながらもしきりに海を見やってますし、双眼鏡を構えてる人もいます。
浜の小高いところにある小さな見張り小屋を覗いてみると、2人の日本人ボランティアがいました。毎日、ここでイルカが来るのを見張っているそうです。
イルカについて尋ねると、シャークベイには600頭のミナミハンドウイルカが生息していて、うち浜にやってくる可能性があるのは100頭、個体識別されてるのは200頭とのことでした。餌を与えるイルカはそのうちのほんの数頭に限られていて、今は雌のアダルト4頭にだけ、決まった量を与えてるそうです。餌付けに対する批判があるのは承知らしく、決して彼らの食欲を満たせる分量ではなく、ほんのおやつ程度だと強調していました。
観光客として一番気になるイルカが現れそうな時間帯については、ほとんど毎日イルカたちはやってくるけど、時間と回数は決まってなくて、日に1〜3回という返事でした。もちろん、姿を現さない日もあります。昨日は10時30分に1回来ただけと聞いて、この日のリゾート出発が10時30分のバスを予定している私たちは、今日もその時間帯だったら見られないなぁとちょっと覚悟しました。
そんな話を交わしているうちにも、徐々に日差しはきつくなります。私たちは日陰を探して、そこでイルカを待つことにしました。夜行バスでやってきた団体も次々到着して、人が増えていきます。それぞれ、食事をしたり日光浴したり本を広げたり仲間同士でお喋りしたり、思い思いに過ごしています。
そんなふうにしてどれくらいたったでしょうか、9時頃、浜にあるスピーカーがなにやら伝えると、あちらこちらでのんびりしていた人々の雰囲気がちょっと変わりました。さては、と沖を見ると、かなり向こうに小さく、黒い背ビレが見えます。やってきてくれました!
お待ちかねのイルカたちは、3頭いるようです。情報が伝わったらしく、2名のオーストラリア人と思われるレンジャーも浜に姿を現しました。イルカの来訪を知った浜の人々は、でも大騒ぎするでもなく、それぞれがゆっくりと立ち上がり、そして動き出します。人の群は、波打ち際に向かいます。やっと目的のイルカが来たのだけど、それでも、大声を出す人も走る人もいません。むしろ静かになったくらいです。皆、膝くらいの深さまでそっと海に入って、一列に並びます。このあたりの動作も、例えばレンジャーに指示されて動くというよりも、誰とはなしに自然に列ができていきます。たぶん、有名なここの光景を写真や映像で見たことがあってあらかじめ承知していたり、または、ここに来るのが初めてではなかったりするのでしょう。水際ではなくて、横にある桟橋から全体を眺めることを選ぶ人たちもいます。私も、少しづつ近付いてくる背ビレを見ながら、海に並ぶ列に混じりました。イルカの動きを見つつ、このあたりに来るかなと予測するのは、やはりわくわくします。
やがて長い列が揃うと、レンジャーがその列から1歩か2歩ぶんくらい深いところに出て、それぞれマイクでイルカについてのガイダンスを始めます。イルカたちはもう、その脚もとまでやってきています。1頭は少し沖を行ったり来たりしてますが、2頭はレンジャーのまさに手の届く距離にいます。でも、レンジャーは決して触ろうとはしません。イルカたちは、お腹を擦りそうな浅瀬で、ゆっくりゆっくり泳いだり停まったり。まるで水中に林立するたくさんの足を観察してるふうです。彼らから私たちがどんなふうに見えてるのか、さまざまな色や太さのふくらはぎの行列を想像すると、ちょっとおかしかったです。かと思うと、時々体を横にして水面上に眼を出し、今度は私たちの全身を観察しています。彼らこそが、ずらっと並んだヒトのウォッチを楽しんでるようでした。
しばらく間近にそんなイルカたちの様子を見てから、レンジャーに言われて海から上がります。これからが餌付けタイムです。ボランティアスタッフが餌の魚が入ったバケツを持ってくると、イルカたちもそれと察したらしく、クリック音をしきりに出して興奮してます。スタッフが、お客さんの中からそれぞれ5名くらいを選びました。呼ばれた人は海に入って、魚を手に持ち、イルカに与えます。このときも決してイルカに触りません。そうして順番に数名が餌付けを終えると、9時55分に解散となりました。人がばらばらと戻り出すと、2頭のイルカも深みへと離れ、沖で待ってた1頭と合流して泳ぎ去りました。
さて、私たちは10時のチェックアウトタイムを目前にして、大慌てで部屋に戻ります。荷造りのまだ済んでない荷物もとにかく部屋の外へ放り出して、ルームキーを持ってフロントへ走りました。チェックアウトを済ませてからまた戻り、部屋の外でばたばたと荷造りを済ませます。なんとか10時30分のバスに間に合うようにリゾートのゲートまで行くと、息せき切ってボランティアスタッフのミナちゃんが駆けつけてきました。ついさっき、見張り小屋で言葉を交わしただけなのに、わざわざ私たちにお別れを言いにきてくれたのです。記念にと、折り紙で折ったクジラとイルカを下さいました。この次はぜひ小笠原で会いましょうと言い合って別れます。こんな触れ合いも嬉しく、モンキーマイア滞在の印象をより良いものにしてくれました。

実をいうと、ここに来る前は、ヒトに媚びる野生のイルカなんて情けない姿は見たくないなとも思っていたのですけど、予想以上の好印象でした。あれっぽっちの魚では、彼らにそれほど大きな影響があるとは思えないし、なによりも、イルカたち自身の動きや表情を見てると、餌が目当てというよりこの催しそのものを面白がってように感じました。大きな眼をキョロキョロさせて、興味深そうにヒトをじろじろ見てましたもの。また、来るのか来ないのか解らないイルカをのんびり待つというのも、なかなか楽しいものでした。今回は幸いにもイルカたちを見られてもちろん嬉しかったけど、もし見られなかったとしても、まあそれも仕方ないよね、野生の生きものだからね、機会があったらまた来ようかなんて言いながら、案外さばさばと去っていきそうな観光客たちの雰囲気が心地よかったです。あくせくしないイルカとの出会いかたと、実際にイルカを目の前にしてもキャーとかワーとか騒いだりしない落ち着いた観光客たちのリアクションに、改めてここの魅力を感じました。