バハカリフォルニアの太平洋側には、コククジラの繁殖海域が3カ所あります。そのうちのサンイグナチオ湾は、ウォッチングとともに、タッチングができるところです。
1996年2月8日〜13日
私たちは、サンディエゴ発の4泊5日のキャンプツアーに参加した。アメリカのツアー会社が主催しているのだが、メキシコに入ったとたん、スケジュール通りに動かなくなる。乗り込んだチャーター機はなかなか飛ばない、いつ飛ぶのかわからない、さんざん待たされたあげくようやく飛んだら、エンジン不良で途中で着陸する、修理は進まない、代わりの飛行機はやって来ない、という有様で、ガイドのアメリカ人もメキシコ側の手際の悪さには閉口しているようだった。
結局、途中着陸した町でそのまま一泊、翌朝やっと来た代わりのセスナ機でサンイグナチオ湾に辿り着いた。
キャンプ地は海岸近くの砂漠だが、植物への影響を考慮して、毎年場所を変えているとのこと。貝を並べて目印にした通路以外立入禁止である。二人用のテントが並び、それとは別に大きなダイニング用テントとキッチン用テントと発電機用テントがある。
トイレは、三方を板で囲っただけで、腰を下ろすと目の前には砂漠が広がる。排泄物は便器から下に掘った穴へ落とすかたちだが、くれぐれも(土に戻りにくい)ペーパーは落とさないようにと注意される。使用後のペーパーは横にある蓋付きの赤いバケツに入れるのだが、これがよほど意識してないと、つい習慣でそのまま便器の中に落としてしまう。実をいえば、しまった、と慌てたことも数回あった。ゴメンナサイ・・・。
シャワーは、昼の間太陽熱で暖めた黒いビニール袋の中のぬるま湯を、ちょろちょろと頭の上から流す。もしも途中で空になったら、泡だらけのまま立ち往生になるわけで、かなりスリリング。ひとつのビニール袋で二人分と言われてしまう。
さて、肝心のホエールウォッチングは、午前と午後に2時間づつ海に出る。キャンプ前の岩礁から6〜7人ごとに小さなボートに分乗する。入り江の中なので海は穏やかだし、コククジラもじきあちこちに見られる。
そして、全てのクジラではないけれど、好奇心の強いクジラは船に寄ってくる。船縁から手を入れてばちゃばちゃさせて誘うと、近付いてきて触らせてくれる。突き出したクジラの頭にはフジツボがたくさん付いているので、その隙間の肌を撫でる。グレーの体表は、案外柔らかい。
海に出るたびに多くのコククジラに会えるが、毎回必ず触れる、ということはなかった。2度海に出て1回触れるくらいだろうか。触れるクジラが少ないと、フレンドリーな1頭に数隻のボートが集まってしまうこともあったが、それでも嫌がりもせずに次々と触らせてくれる。
メイティングポッドの激しい動きも見られたし、スパイホップも頻繁にしていた。水深が浅いために、ブリーチらしきものはせいぜい上半身しか出ないし、フルークアップも少ないようだ。生まれたばかりの子クジラが、母親の背中に乗って遊んでいるさまも愛らしい。子クジラにはまだフジツボが付いてなくて、全身がすべすべしている。母親と一緒にボートに近付いてくるが、まだ慣れなくて目測を誤るのか、ボートにごつんと頭をぶつけたりもしていた。
また、ハンドウイルカの群にも何回か会った。
カッショクペリカンも多く、数羽が海面に漂っている中へクジラが浮上してきて、ペリカンたちが泡を食ってばたばた飛び出す、なんてこともあった。
夜になると遠くからコヨーテの声が聞こえ、カンガルーネズミが足元を走っていく。靴を履くときには、中にサソリが入っていないことを確かめなくてはならない。
ここのホエールウォッチングはメキシコ政府の許可が必要である。1日3回のウォッチング枠があり、それぞれ船の数が決まっているそうだ。そのため、ツアーによっては、1日1回しかウォッチング枠が取れないところもあると聞いた。また、1ポッドごとのウォッチング時間は90分以内と決まっている。
往路のアクシデントのおかげで、6回の予定だったウォッチングは5回に減ってしまったが、それでもここのコククジラとの出会いには大いに満足した。キャンプでのシンプルな生活も楽しかったし、食事も美味しかった。客の一人のバースデーには、大きなピンク色のケーキを焼いてくれて、皆で祝いながらいただいた。夕食後のレクチャーやスライドショーも面白かった。
しかし、アクシデントは帰路にもまだまだ続く。前夜の思いがけない強風雨によって、迎えの飛行機が滑走路に着陸できなくなってしまったのだ。ガイドが皆をその滑走路に連れて行って、ほうら、地面がぶかぶかだろう、どうする?と聞く。危険はあるけど、ここに飛行機をおろして欲しいか?と。・・・そんなこと、客に聞かないでほしい。ここは初めてなんだから、現地の状況に詳しいガイドのあなたが決めてよ、と思う。とにかく安全な方法をとってほしい、とも願う。
その願いが通じたのか、安全策をとることにして、急遽バスで5時間かけて、よりまともな滑走路があるサンイグナチオの町まで行く。けれども、ここにも飛行機はやって来ない。待つけど、来ない。いつまでたっても、来ない。またもこの町で予定外の1泊。
翌日も、朝迎えに来るはずの飛行機がやっと姿を現したのは午後。結局この日もサンディエゴからの乗り継ぎ便に間に合わず、なんとサンディエゴでもう1泊するはめになる。
まったく行きも帰りも予定通りに行かない多難なツアーだったけど、あとになってみればどれもこれも笑い話だ。ただ、またメキシコに行くことがあれば、タイトなスケジュールだけは避けようとつくづく思ってるが。
なによりも、フレンドリーなコククジラとの出会いは楽しかった。サンイグナチオ湾が、いつまでも彼らにとっての楽園であるように。
ちなみに、サンディエゴからは飛行機ではなく船で行くツアーもあるはずだ。但し、日にちはもっとかかるし、外洋の航海は揺れるので普通の日本人にはかなり辛いという話も聞く。