南極半島までは、南米の突端から1000キロほどです。南極でも北にあるので、気候がもっとも穏やかで、生物が多いところです。
航海の途中でクジラやイルカも見られますが、それだけを目的にするのではなく、珍しい景色やペンギンなどをゆっくり楽しむ贅沢な船旅です。

1998年1月9日〜23日

南極半島へは、アルゼンチンの南端の町ウスワイアからクルーズ船が出ている。
私たちは、日本からニューヨークとブエノスアイレスで飛行機を乗り継ぎ、3日目にウスワイアに着いた。真冬の日本を発って、まだクリスマスの飾り付けのあるニューヨークを経由し、夏の日差しの強いブエノスアイレスで1泊してから、冷たい風が吹き荒れるウスワイアへ到着。途中の着替えにも戸惑う、ちょっとハードな道のりだった。
ウスワイアからは 8泊9日のクルーズになる。私たちが乗船したのは、7000トン弱のロシアの海洋調査船で、夏のシーズンだけカナダのツアー会社がチャーターして観光ツアーを催行している。ツアーリーダーやネイチャーガイドはカナダ人とアメリカ人、船のクルーやメイドはロシア人、そして数人のアルゼンチン人のスタッフもいた。
乗客は40人くらいで、そのほとんどがアメリカ人・カナダ人・日本人。この船は、南極観光船としては小さい方かもしれない。もっと大きい船も見かけたが、乗客が多いと数人づつに別れて上陸するのにも時間がかかるそうだ。私たちの船は、ちょうど皆が顔見知りになれるくらいの人数だったので、船では片言の英語・ロシア語・日本語が飛び交っていた。
ドレーク海峡を渡って南極半島まで行くのに丸2日かかる。このドレーク海峡は、常に低気圧があって荒れることで有名なのだが、このときは行きも帰りも穏やかで、なんと誰一人酔わなかった。○○度に船が傾く、という凄い揺れを体験してみたかった気も、ちょっぴりあったのだが。
航海中は、南極の気象・地形・生きものについてのレクチャーや、デッキでのバードウォッチングのガイダンス、スライドや映画上映、船内見学ツアーなど、いろいろなスケジュールが組まれていて、それなりに忙しい。もちろん、それらに参加しないでキャビンでのんびりしているのも自由である。
三度の食事も美味しい。朝はバイキング形式で、昼はパスタ・ピザ・サラダなどの軽めのもの、夜は肉料理と魚料理のうち好みのものを選ぶ。10時と3時のティータイムにはコーヒーとクッキーが、夕食前のハッピーアワーにはカクテルが用意されていて、律儀に全部参加していたら、太りそうだ。
船に乗って3日目、南極半島に近付くにつれて氷山があちこちに浮いているのが見えてくる。それぞれがなんとも芸術的なかたちで、船の横を通り過ぎていく。
南極半島での上陸場所や上陸回数はそのときの天候や海況によるが、私たちは半島やあちこちの島の計8ヵ所に上陸することができた。8人くらいづつゾディアックボートに乗り換えて上陸する。ネイチャーガイドも一緒に上陸して注意事項を伝え、うかつな行動をしないように見守っている。
ボートで氷山に近付くと、回りの水面には、それまで氷の中に閉じ込められていた太古の空気の小さい泡が次々と湧き上がっていた。青く輝く氷山は、実に美しい。
中には、カニクイアザラシやウエッデルアザラシが寝そべっている氷山もある。大きな本船で近付くと慌てて海に逃げ込むが、ボートでゆっくり寄るとそれほど脅威には思わないらしく、ひょいと顔を上げてこちらの様子を伺っては、また昼寝に戻る。
獰猛さで知られるヒョウアザラシも見られた。彼はボートも人間も全く恐れていないようで、不敵な面構えでこちらを睨みつけていた。
ペンギンのルッカリーを訪ねるのは、楽しい。愛らしいアデリーペンギン、ひょうきんなアゴヒモペンギン、おっとりしたジェンツーペンギンと、それぞれの性格が異なる。彼らのしぐさを眺めていると、時のたつのも忘れてしまう。
ちょうど雛を育てている時期で、親の足元でうずくまっている赤ちゃんペンギンもいれば、よちよちと親を追いかけて餌をねだっている子ペンギンもいた。走り回って大騒ぎしてはころっと転んじゃう雛も可愛い。
寝ているミナミゾウアザラシにちょっかいを出しては威嚇されて逃げ出す、お調子者のペンギンもいたし、丘から海を目指して歩いている途中で疲れちゃったのか、立ったまま昼寝をはじめるペンギンもいた。
ペンギンには5m以上近付かないようにと注意されていたが、こちらが停まっていると、ペンギンの方から歩いてくる。後ろから、ひたひたひたと足音が聞こえ、そしてぴたっと停まるのでそっと振り向くと、首を傾げてこちらを見上げている。じっとしていると、やがて、ま、いいか、という感じで、またひたひたひたと体を揺らしながら横を通り過ぎていく。
波打ち際まできて、海に入ろうか止めようかうろうろ迷っているペンギンもいるが、ひとたび海に入ると、海面を飛び跳ねながら泳ぐその速さには驚かされる。彼らは、陸が見えない沖にまで、餌を探してやってきていた。
また、本船でのクルーズ中には、ザトウクジラ・ミンククジラ・ミナミカマイルカ・ダンダラカマイルカに会った。
とりわけザトウは、船の後ろで何度もブリーチを見せてくれた。
ワタリアホウドリ・マユグロアホウドリ・マダラフルカモメ・ナンキョクフルマカモメ・ズグロムナジロヒメウなど、見た海鳥は数え切れないくらいだ。
あちこちに各国の南極基地もあり、そのうちの3カ所を訪問した。基地の人に案内してもらって生活の一端をかいま見たり、お国柄が出ている美しい切手をお土産に買ったりした。中には、銘板を打ち付けて墓標にしたクジラの骨が並んでいる墓地もあり、往時の苦労を偲ばせた。

なにしろ南極半島は遠いので、日本からは往復で15日間もの長旅になるが、それだけの価値はある。人を恐れない野生のいきものたちとの出会いや美しい氷山を堪能しに、ぜひもう一度訪れてみたいところだ。