ニュージーランドの北東にあるトンガには、冬の間(南半球なので日本と季節は反対)、ザトウクジラが繁殖のためにやってきます。
ここでは、船上からのホエールウォッチだけではなく、水中に入って観察することも許されてます。
但し、それにはいくつものルールがあります。一度に水中に入れるのは、ガイドと4人まで。1グループが1群のクジラにアプローチできるのは1時間半まで。そして、1群には一日に4隻まで。スノーケリングでの水面からの観察に限り、潜ることは禁止です。

ザトウクジラに会ったからと言って必ず泳げるとは限らず、むしろ、泳げるクジラは少ないです。せいぜい20%くらいの確率でしょう。海に入っても、すぐいなくなってしまったりや見られなかったりもしばしばです。
それでも、時に、ゆっくりしてるザトウの姿を観察するチャンスがあります。

2008年8月30日〜9月15日

トンガへは、成田からニュージーランド経由で行きました。往復ともオークランドで一泊しなくてはいけないし、トンガへ着いてからもまた国内線に乗り換えるしで、それなりに日数がかかります。
私たちは、成田を発ってから4日目に、ようやくボートで海に出ました。いよいよこれからクジラ三昧の日々、といいたいところですが、残念ながら風が強く吹き続け、一日目は遠くまで走れませんでしたし、二日目と三日目はツアーキャンセルでした。なので、マーケットを覗いたりバギードライブをしたり。
幸いなことに、そのあとは毎日、海に出られ、さまざまなクジラの姿を水中でウォッチできました。
南半球のザトウは、大きくて太っていて、お腹やフルークの裏が真っ白です。海の上でも中でも、その白がよく目立ちます。
また、北半球のザトウより穏やかな性格のようです。メスを追いかけてるメイティングポッドにしても、小笠原の彼らのような攻撃的なそぶりは見ませんでした。速い速度でどんどん泳いで、時にペックスラップをするけど、それも胸ビレがゆらゆら宙を舞ってはよいしょっと水面に打ち付ける程度で、それほどの激しさはないです。小笠原では、脅かすような大きなブロー音と共に頭を突き出したり、他のクジラにのしかかったり、はてはフルークで激しく相手を叩いたりしてますが、それに比べるとおっとりしてるかもしれません。
子クジラは潜り込んだお母さんのお腹の下から、呼吸のために浮上してきます。
まっしぐらに海面を目指し、呼吸して、さて、そこにいる人間を不思議そうに見ます。こちらを気にしながら、またすぐ潜っていく子もいれば、好奇心に負けてヒトに近づいてくる子もいます。子クジラとはいえ、5メートル以上あるので、近づくとでっかいです。大きな眼でじーっとこちらを見ています。そして納得いかないような妙な顔つきで振り向きながら、お母さんのところへ帰って行きます。
アダルトが、水中で逆立ちになって休憩してる姿も見ました。フルークをゆーーーっくりと大きく動かしています。透明度があまり良くないので下方のクジラの黒い体は見にくいのだけど、フルークが翻ったときにその裏の白が眼を射抜きます。
それにしても。団扇のように仰ぎつづけてるのに、どうして体はぴったり止まってるのかしら?
私たちのボートのキャプテンは、実績があるだけに、クジラの動きも実に良く見てました。キャプテンとガイドが話し合いながら、その日の航路やそのクジラへのアプローチを決めていき、彼らの判断でうまく泳がせてくれます。
キャプテンのゴーサインでそっと海に入って言われた方向に泳いでいくと、やがて大きなクジラのからだが目に入ります。クジラの方向がわからなくなったときは、ボートを振り返れば、ずっと見守ってるキャプテンが「あっちだ!」と教えてくれます。
泳いでるうちに他のメンバーに後れをとったりくたびれたりしたときも、様子を見てるキャプテンがすぐピックアップに来てくれるので、安心です。
あるときは、海に入ったとたん、「子クジラがブリーチしそうだ、危ないから船に戻れ!」と言われました。慌てて戻ったら、まさにその通り、子クジラが跳び始めました。何でわかったの〜? さすが、です。
とか「このアダルトには泳いでついていけ」とか「もう少ししたらゆっくりになるから、ちょっと待て」とか、実に的確です。
一日海に出ても全く水中に入れない日もありますし、数回入れる日もあります。
どうにもクジラが見つからないときは、ビーチに上がって貝拾いをしてみたり、のんびりボートを漂わせながらキャプテンの昔話に耳を傾けたり。
他のボートとも無線でやりとりしていて、「いいクジラがいるよ」と呼んでくれることもあります。そんなときは、近くまで行って、300メートル以上離れたところで待機、「自分たちはこれで終わるから、どうぞ」と言われるのを待ちます。
ボート同士のやりとりはおおむね紳士的ですが、それはそれで、やはりいろいろ人間関係があるようです。
トンガでは、2週に一度の割でキャプテンたちが集まってウォッチング状況を話し合うそうです。そんなとき、「この前、おまえのボートは割り込んできたじゃないか」なんて喧嘩腰になってしまうこともあるようですが、皆でああだこうだと言い合いながらも、そんな話し合いの積み重ねが翌年のルール改正に繋がるとのことです。だからこそ、良い環境でのスイムを続けられてるのでしょう。

クジラのいる海に入るのは、ボートからのウォッチ以上にハラスメントになる可能性があります。だからこそ、節度を保ち、ルールをつくって、クジラの環境を守ろうとしているトンガでの気持ち良いスイム体験でした。