アメリカ東海岸のボストン沖にステルワーゲンバンクという浅瀬があります。夏になると、採餌のためにザトウクジラ・ナガスクジラ・ミンククジラたちがやってきます。ボストンはじめ、近くのあちこちの町からホエールウォッチングの船が出ています。
私たちは、バンクにもっとも近いプロヴィンスタウンからツアーに参加することにしました。プロヴィンスタウンまでは、ボストンからバスやフェリーが出ていますが、行きはエアーにしました。ケープエアーという会社が、日に数便飛んでいます。10人乗りくらいのプロペラ機で、飛んでから15分くらいでプロヴィンスタウンに着きます。

2000年5月28日〜6月3日

プロヴィンスタウンはこぢんまりした町で、昔ながらの小さいお洒落な木造のB&Bが軒を並べています。
港からは、数隻のウォッチング船が日に数回出ています。私たちは、3日間で3回乗りました。 それぞれ2時間半くらいのツアーです。どれも100人以上乗れる大きな船で、混雑時でなければ、予約は必要なさそうです。
桟橋にあるブースでチケットを買って乗り込みます。客席が1階と2階にあります。初夏とはいえ、風は冷たく、外にいると冷え込みます。ほとんどの人が、クジラを見付けるまでは暖かいキャビンに入っています。とりわけ1日目は海況が悪く、けっこう揺れました。波の中に突っ込んでは、ざっぶーんと大きなしぶきをかぶります。まるで、真冬のおがさわら丸のようです。元気にはしゃいでいた乗客も、少しづつ黙り込んでいきます。岬の外に出ると、波は一段と大きく、船は激しく揺れます。あちこちで酔ってダウンする人がいます。それまでクジラの解説をしていたアナウンスも、「大丈夫だ! 船酔いでは死なない!!」という励まし(?)に変わりました。
それでも、やがて波の中でナガスクジラを発見しました。「クジラがいる!」とのアナウンスを聞き、動ける乗客はどこだどこだとデッキに出ます。なにしろ海面は白い波頭だらけなので、ブローも見付けにくいです。それでも、右舷の先に、ブローと黒い背を確認できました。「左にもいるぞ!」。でも、波飛沫で濡れたデッキはつるつる滑ります。揺れと足下に気を付けながら、そろそろと反対側に回ると、やはりナガスクジラのブロー。私たちにとってナガスは初めてで、その細い背や小さい背ビレをしっかり確認しました。彼らは、フルークもあげずにいつのまにか潜ってしまいます。他にもウォッチング船が2隻来ています。どれも同じくらいの大きさで、やはりへさきを波の中に突っ込んでは大きく揺れていて、見ているだけで気持ちが悪くなりそうです。この日は結局バンクまでは行かずに、岬の近くでナガスを3頭見て、船はまた揺れながら港に戻りました。
翌日は、別の船に乗りました。いくらか海況は良くなっていて、昨日ほどは揺れません。相変わらず風は冷たく、クジラに会うまでは皆キャビンに入ったままです。この日はステルワーゲンバンクまで行き、ナガス・ミンク・ザトウと遭うことができました。
ミンクはナガスよりかなり小さくて、やはり尾も上げずにいなくなります。そのせいか、ミンクには停まってウォッチすることもなく、そのまま通り過ぎていきました。
ナガスにはけっこう近付けて、浮上してくるときの右下顎の白い部分も見られました。ただ、尾も上げずにいなくなるのは、どうも地味です。それに比べると、さすがにザトウは派手です。下から頭を突きだしてくるし、大きく尾を上げて潜っていき、動きにメリハリがあります。
この日の船は乗り心地もよく、操船の仕方も気に入ったので、その翌日も続けて乗りました。気がつくと、船内にはドイツ語やフランス語が飛び交っていて、なるほどヨーロッパが近いのだなと感じました。クジラがもっとも見やすい舳先の場所取りを狙って冷たい風の中を頑張ってデッキにいたのに、一瞬の隙にアメリカ人のおじさんにとられてしまいました。どうやらクジラ好きらしく、ザトウのペンダントを胸にぶら下げています。その横に大柄なドイツ人カップルが並んで、まるで壁のようです。日本人の私たちは、その隙間から首を出して覗きます。クジラが近くなると、舳先から両舷とアッパーデッキまで、人で埋まります。
次々とナガスやミンクのブローを見ながら、船は走ります。ナガスクジラは、水面を撫でるように採餌していますが、はっきりとは動きが解りません。少し離れたところで、1頭のザトウクジラがアクティブに頭を突きだしながら採餌しています。1隻の船がそのクジラをウォッチしてましたが、私たちの船が近付くとその船は離れていきました。
ザトウは採餌を続けています。小魚たちが水面でぱしゃぱしゃ跳ねだし、そしてその下から、ザトウクジラが大きく口を上げて躍り出て、歓声が上がります。また魚が跳ねはじめると、数秒後にクジラが頭を突きだしてきます。今度はあっちで跳ねてる! 跳ねる小魚を探しては、現れるクジラに感嘆しているうちに、小魚の群れが私たちの見ているすぐ下までやってきました。きらきら輝いてる小魚が水面下に見えます。と、その小魚が水面上に跳ねだして、まさか、ここに?と思う中、ザトウクジラが大きく口を開けて目の前に浮上してきました!凄い!ぐぁばっと口を閉じると、顎のウネが大きく丸くふくらみます。大迫力!
私たちは夢中でこの若いザトウの採餌を見ていましたが、やがて別の船が近付いてきます。すると、少しづつ私たちの船は動き出しました。どうやら、今このあたりでもっともアクティブなクジラを、1隻づつ交代でウォッチしているようです。ルールなのか暗黙の了解なのか、紳士的なウォッチングです。
このザトウを離れたあとは、別のザトウがテールスラップをしているのを見ました。アナウンスでは、「キックフィーディング」と言ってました。テールで魚を打って、気絶したところを食べているというのです。見ている限りでは、スラップのあと食べているのかどうかはよく解りませんでしたが。
とにかくも、アラスカでも見られないような間近でのザトウのフィーディングは凄かったです。私たちは大満足で、港に戻りました。

プロヴィンスタウンの町は散策するのにもってこいですし、回りの丘陵を自転車で走るのも気持ち良さそうです。自由な気風で、芸術家が多く住みついているらしく、ギャラリーも多いです。ゲイピープルが多いことでも有名です。シーフードも美味しくて、ロブスターをどっさり戴いちゃいましたし、イタリア料理のレストランは、これまでアメリカで食べた中で最高の味でした。また、ぶらついているといろいろな種類の犬に会えて、犬好きとしては楽しいです。クジラグッズよりも犬グッズの方がたくさんありました。
今回私たちが乗ったような大きな船だけではなく、シーズンのピークにはもっと小さな船もウォッチングツアーをやるようです。きっと、他の町からの船の数も増えることでしょう。ボストンからだと、バンクまでちょっと距離があるので一日がかりのツアーになるようですが、わざわざどこかの町まで行かなくても、大都市での観光ついでに乗りやすいかもしれません。1回のツアーでナガス・ザトウ・ミンクと3種類の鯨類に会えるのは、ウォッチャーとして嬉しいことです。