バンクーバー島の南端にあるヴィクトリアは、イギリスの影響が強く感じられる街です。景色も美しく、人の気風も穏やかで居心地の良い、大好きなところです。
その東のアメリカとの境にあるピュージェット湾では、シャチが見られます。中でもサンファンアイランドの西側はシャチ街道として知られていて、周辺のいくつかの街からウォッチングツアーが出ています。
2004年6月、クイーンシャーロット諸島からの帰り、ヴィクトリアに寄って数日を過ごしました。夏のあいだ、ここから多くのウォッチングツアーが出ています。街のあちこちにツアー案内がありますし、店先にはシャチの人形やシャチ模様のベンチを見かけました。またこのときは、さまざまなデザインに塗られた2メートルものシャチの置物が、いろいろな場所にありました。秋にはオークションにかけられ、その売上はアザラシの保護に遣われるそうです。
というわけで、ここでのシャチウォッチングツアーにチャレンジです。同行した洋介とは別のツアーボートに乗ることにし、あとで報告し合いました。
2004年6月14日-TOMOKO編
私たちは、桟橋のすぐ近くのGreat Pacific Adventuresで、10:00からのツアーを申し込む。この時期のツアーは1時間ごとに出ているようだ。乗船料はひとりCA$95。
9:45に集合して、レンタルの赤いつなぎの防寒着を着こむ。分厚くて暖かい。防水と、いざというときのライフベストも兼ねている。その姿で桟橋まで歩き、ゾディアックタイプのゴムボートに乗り込む。ガイドスタッフはMikeという青年で、乗客は10人。まず、海況について、やや荒れ気味という案内がある。ボート前方の座席はバウンドするだろうと聞いて、年輩者は後部座席に座る。
そして10:00過ぎにいよいよ出発。湾内は穏やかで気持ちよく走るが、湾の外へ出ると、なるほど波があってボートが跳びはねる。一番前の席ではしゃいでた女性がすぐ音を上げ、後ろに移動する。実際、走行中はかなりバウンドするので、私たちも足と手に力を入れて腰を打たないように踏ん張っている(それでも、時々、腰や首を打ってしまう)。
沿岸を15分ほど走ると地図を出して航路を説明、進行方向を変えてSan Juan Is.(サンファンアイランド)へと向かう。ボートは200馬力のエンジン2機掛けで、かなりの速度が出る。
45分くらい走ったところで、やや速度を落とす。見ると、数隻のボートがばらばらの向きで停まっている。 そしてその近くにブローが見える。シャチだ!シャチが複数いる!と、1頭がテールスラップを始めて、派手に飛沫が上がる。いきなりアクティブなシャチに会えて嬉しい。続けて、ブリーチ!水面上に黒い太いからだが突き出し、白い模様が見える。
どうやら20頭ほどのシャチが4つの群に別れているようで、あちこちにブローや飛沫が見える。わーい、たくさんいるじゃないか。背ビレの高い成熟雄も数頭いる。
ウォッチングボートはシャチの進行方向へ回り込んで停まり、やがて近づいては通過していくシャチをウォッチする。シャチの動きは案外早く、こんな遠く離れたところで待つのー、と思うが、じきに近づいてくる。カメラのファインダーを覗いて、次はこのあたりに浮上するだろうと狙ってても、そのもっと先へ現れる。呼吸間隔も短くすぐ浮上するので、ウォッチしやすい。
次々通り過ぎるシャチを見送ると、ボートはエンジンをかけて大きく回り込み、次の通過を待ち伏せる。シャチは停まってるボートを気にしてないようで、そのまま方向を変えずにやってくるから、けっこう近くで見られる。
ガイドによると、目の前にいるのは、定住しているシャチのうちJポッド(群)のメンバーとのこと。この近くにはおよそ70頭の3つの群がいて、もっと南西には別の40頭がいるらしい。また、時には、シャチ以外にミンククジラやコククジラを見ることもあるという。
ボートは、シャチの行く手に回り込んでは待つことを3回ほど繰り返す。気がつくとウォッチングボートが10隻以上集まってるが、シャチたちもばらばらに広がっているので、ひとつの群にボートが大集合することもない。
水中にハイドロフォンを入れてみるが、残念ながらシャチの声らしい音は聞こえなかった。
そうして1時間ほどシャチウォッチをすると、ボートは帰路に向かう。また、しばらくの激しいバウンドに耐えて、港に戻ったのが13:30。往復約50キロの距離をすっ飛ばしたわけだ。
夏とはいえ、走るボートの上はかなり寒い。暖かい赤のつなぎを着ていてもそれなりに冷え込むせいか、帰港したとたん、皆、トイレに駆け込む。
ヴィクトリアからのツアーは、ほとんどがゾディアックタイプのボートになる。どれも3時間くらいのツアーで、かなりの高確率でシャチを見られるらしい。美しい街をぶらつくついでに気軽にシャチウォッチできるのはいいけど、よほどの凪でない限り、くれぐれもボートのバウンドには御用心を。(TOMOKO)
2004年6月14日-洋介編
各ツアーが出る桟橋を歩き、目についたところに入ってみる。
その建物の中にも2、3のツアー会社が入っていた。暇そうにしていた受付お兄ちゃんにツアー内容をたずねてみる。SEAFUN SAFARISという会社のツアー料金は他社より少し高いが、僕の希望する出発時刻のツアーはあとひとり分の空きしかないと言う。ちょっとのせられた感もあるけど、それに参加することにした。受付のとき免責書類に署名する。良く読むと、「私は脊髄に問題ありません」とか「背中及び腰に異常はありません」とか書いてある。何も考えずにサインしたが、この文の意図は後に知ることになる。
参加者は建物の裏手にある桟橋に集合し、宇宙飛行士が着るような防寒具を着る。ガイドは、生まれも育ちもヴィクトリアのTom。口ひげをたくわえなかなかシブイ風貌だ。ブリーフィング時に希望者にはサングラスや日焼け止め、手袋などを貸してくれる。なかなかきめ細かなサーヴィスだ。
乗り込むのは、ゾディアック型のゴムボート。隣にはより高速のボートタイプもあった。参加者は子供2人を含む12人。カナダ人が多いようだが、僕のとなりに座ったおばちゃん2人組はイギリスとギリシャからだった。
いざ、出港。湾内は穏やかだ。Tomは船をゆっくりと進ませながら、ヴィクトリアの歴史などについて話をしてくれる。
湾を出てもすぐにシャチのいる海域には向かわず、Oak Bay周辺の島々に生息する動植物についてTomが説明する。特に、かつてここ地域に住んでいたネイティブインディアンの話は興味を誘う。彼らが頭痛を治すのに使っていたケルプ(写真)やその根に棲むヒトデなどを触らせてくれた。その他にもハクトウワシやアザラシ、アシカなどを見て回る。Tomの話は丁寧でわかりやすく、なにより彼がこの仕事が好きであることがうかがえた。個人的には、シャチウォッチよりもこちらの方が印象に残った。
さて、いよいよシャチのいる海域に行く。
「ちょっと揺れるから気を付けて」とTom。しかし、TOMOKOさんが前述しているように、ちっとも「ちょっと」じゃない。最初は「ジェットコースターみたい!」と喜んでいた子どもたちも次第に静かになった。大人でさえ前の手すりにしっかりつかまっていないと、どこかをぶつけそうだ。喋ろうものなら、ぜったい舌を噛むだろう。揺れる頭で免責書類の文句を思い出し、納得する。
腰と背中が振動で麻痺してきたころ、船は速度を下げはじめた。すでに何隻かの船が到着していた。その船の集まっているあたりに目を凝らすと、黒い背ビレが見えたり、飛沫が上がったりしてる。シャチだ。こんなにもあっさりと見つかってしまうとは。探してすらいない。どうやら仲間のボート同士で連絡を取り合っているようだ。
Tomはシャチからかなり離れたところで、エンジンを切る。「もうすぐこちらに来るよ」。10分後、はたしてシャチたちがこちらにどんどん移動してくる。けっこう船の近くを気にする様子もなく通過していく。シャチの特徴である黒くシャープな背ビレ、子供のブリーチやスパイホッピングなど見ることができた。全部で10頭はいるだろうか。群が通り過ぎるとエンジンをかけ、他船の邪魔にならないように遠周りをして、群の先へ回り込む。そして気長に待つ。
回りを見ると、大きい船も小さい船もだいたいこのような方法でウオッチしてるみたいだった。たぶんルールがあるのだろう、きちんと守られている印象を受ける。
シャチが通過するときにTomがこの群や個体識別できているシャチの説明をしてくれる。個体識別や行動など、かなり詳しいところまで分かっているようだった。
1時間ほどウオッチして、帰路へ。やれやれ、またあのジェットコースターか…
「トイレに行くのなら今のうちだよ」とTom。あの震動にはとても耐えられんと賢明な判断をした僕とおっさんがいそいそと船内トイレへ。身軽になったところで、出発。
桟橋に戻っても、しばらくは身体がしびれてた。
あまりにもシャチがあっけなく見られてしまうのでちょっと拍子抜けだったけれど、ガイドの説明が分かりやすく、帰り際にはこの地域の環境や生態について書かれた”Marine Wildlife Guide”という小冊子が配られ、ちょっとお得な気分にさせてくれる。
ヴィクトリアには似たようなツアーがたくさんあるが、ガイドによってかなりツアーの印象が違うだろう。(洋介)