アルゼンチンのバルデス半島は、シャチがオタリアを襲うシーンでも有名です。
多くの野生生物が見られる魅力的なところですが、スペイン語圏のせいもあり、個人旅行では行きにくく、長年の憧れの場所でした。
今回、そんなバルデスに、某カメラマンの取材アシスタントとして訪れる幸運に恵まれました。
2012年10月
バルデス半島は、動物保護区に指定されています。ほとんどの観光客は、半島から100キロ離れた大きな街に泊まり、そこから一日ツアーで訪れます。ミナミゾウアザラシ・オタリア・マゼランペンギン・グアナコ・ダーウィンレアなど人気の野生動物は多く、その中でクジラもウォッチします。
5月から12月まで、バルデス半島に、ミナミセミクジラが繁殖のためにやってきます。プエルト・ピラミデという半島の中の小さな街から、1時間半のホエールウォッチングツアーが出ています。
ツアーでは、浜に乗り上げてるボートに乗り込みます。全員が乗り終わると、トラクターでボートを海に押し出します。
まずは、浜からそんなツアーの様子を見ていました。すると、海に出てすぐ、ボートの近くにセミクジラのブローが上がりました。ボートは、クジラを追いかけることもなく、停まっています。眺めていると、クジラの方からボートに近付いていくではありませんか。クジラは、頭を突き出すように呼吸しながら、ボートのすぐ横を通過していきました。
こんな穏やかな入江の中で、なんてのんびりした、なんて贅沢なウォッチでしょう!
さて、私たちは、プエルト・ピラミデの小さなホテルに泊まりました。取材のため特別に州の許可を取り、ボートをチャーターしました。1時間半という短い時間ではなく、日没までゆっくりクジラを観察できます。ボートには州の監察官が同乗して、こちらがウォッチングルールを守るよう、目を配ってます。
期待しつつ海に出ると、早くも、あちらにもこちらにもクジラのブローが見えます。いかにもセミクジラらしい、V字型のブローです。
ゆっくり近付くと、見慣れたザトウよりも太い胴、笑ってるような口もと、頭の上にぼつぼつついてるボンネット。どれもこれもに目を奪われます。
長いあいだ保護されてきたクジラたちは、あまりボートを警戒しないようで、近寄ってくることもしばしばでした。ボートの前で、いろいろな動きを見せてくれます。仰向けになって、台形の胸ビレを出すクジラもいます。太い尾ビレで水面を叩いたり、ブリーチを続けたりします。
大きな眼を海面上に出して、ボート上の私たちを観察します。親子が並んで、交互に頭を出してはこちらを見てるさまは、まるでモグラ叩きのよう。子クジラが、もっと見ようと近付いてきて、ゴツンとボートにぶつかったこともあります。
かと思うと、アダルトの集団が興奮しながらボートの回りをぐるぐる泳いだときには、さすがに危険と判断した監察官がクジラから離れるように指示しました。
あるとき、岸のすぐ近くでクジラの親子がのんびりしていました。陸から、男性とイヌが、並んでそんなクジラを眺めてます。子クジラは、水面でひっくり返って母さんクジラに甘えたり、尾ビレを振り回して遊んだり。
実は、この子クジラは「白鯨」でした。身体のほとんどが白という、珍しいクジラです。でも、母クジラは真っ黒でした。もしかしたら、この子クジラも、成長に従って黒くなってしまうのでしょうか。
クジラが呼吸をしに海面に浮上すると、空中で待ち構えていたカモメがさーっと飛んで行きます。クジラの背に停まって、皮膚をついばみます。クチバシが何度も背に突き刺さって、痛そうです。
クジラは嫌がって早々に潜りますが、呼吸に浮上しないわけにはいきません。浮上のたびに、カモメが舞い降ります。中でも、動きが鈍い子クジラはカモメの良い標的です。オトナより被害に遭うことが多く、子クジラの背中は傷だらけで、痛々しいです。カモメなんかに負けず、たくましく育ってね。
ハンドウイルカにも遭いました。私たちは、イルカの背ビレを見つけても、なんだ、ハンドウか、という反応でしたが、スタッフの方が、めったに見られないと大興奮! 同乗してる州の監視員も、20年のキャリアで2度目だと大喜びです。 イルカは親子クジラの回りをちょろちょろ泳ぎ回ってて、母さんクジラはうるさそうにしてましたっけ。
大切に保護されているバルデス半島のミナミセミクジラたちは、実に伸び伸びしていました。 まさに、クジラ天国の海です。
そんな海でのクジラ三昧という、クジラ好きにとって夢のような満ち足りた日々でした。